雑記帳 二〇二二年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇二一年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇二〇年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十九年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十八年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十七年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十六年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十五年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十四年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十三年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十二年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇十一年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇一〇年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇九年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇八年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇七年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
二〇〇六年 睦月 如月 弥生 卯月 皐月 水無月 文月 葉月 長月 神在月 霜月 極月
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橘井堂二〇二二年皐月二十一日

先週、義父の納骨のため、岩手に行ってました。
義父は東京育ちだけど、母親が岩手のお寺の出で、幼少期は岩手で過ごしたそう。
義父は、昨年、僕が抗がん剤治療、自家移植のため入院する、その日の朝に亡くなりました。
二世帯で暮らしており、なので、顔だけは見ることができ、お別れはできましたが、葬儀などには出られずにおりました。
元よりコロナ禍でもありますし、家族だけで見送ったのでした。
今回は、菩提寺で、あらためて葬儀を行い、納骨を済ませました。

で、前日に一関の駅前のホテルに宿泊。
ホテルの周りを散歩してたら、浦しま公園や、「世嬉の一酒の民俗文化博物館」など、とっても素敵な場所が色々あり、すっかり観光気分に。
一関図書館脇に蒸気機関車が展示してあったりと、駅周辺をゆっくり歩きながら、かなり楽しめました。
現在は休業中とのことですが、伝説のジャズ喫茶「ベイシー」は一関だったとは知らずに街をブラブラしておりました。
また、来よう!!

翌日、花泉の義父の菩提寺に。
あちこちの自生の藤が目に留まりました。
藤棚でしか、あまり見たことがなかったけど、自生の藤は、他の植物に絡まったり、電信柱まで自分の樹木にしてしまっていて、その生命力に驚かされもしました。
この季節の岩手は、あちこちにきれいな花がいっぱいあって、とっても癒されました。

葬儀、納骨を終え、ご住職たちとお寺で昼食をいただきましたが、ご家族の手作りの食事が本当に美味しくて感激しました。
岩手はお餅でもてなすのが習慣とのことで、小豆餡の他にも何種類ものお餅のお料理を出していただきましたが、さすがに、全部は食べきれす・・・でしたが^^”
とにかく、山菜が美味しくて、美味しくて・・・蕨、蕗・・・こちらの体の状態も、あるのかもしれませんが、今は、本当に新鮮なお野菜が体に染みます。
翌日は、山間の温泉宿に泊まったのですが、こじんまりとしたお宿に、優しいお湯、これまた、とっても美味しい食事に、大満足でありました。
お蕎麦も美味しかったなあ。
なんか、奥出雲とも重なりました。

帰りは、平泉を観光。
お決まりだろうけど、世界遺産の毛越寺(もうつうじ)の庭園をお散歩したり、達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)をお参りしたり。
心も体もリフレッシュ!!
気がつきゃ、今回は、随分と歩いたなあ〜。
お墓も山の傾斜の一番上だったしなあ。
毛越寺は、広いので、あちこちにベンチもあり、お年寄りにも優しく。
達谷窟毘沙門堂は岩の壁面に張り付くようにお堂が建てられており、岩の壁面に仏様のお顔が掘り出されていたりと、なかなかに見ているだけでも楽しいのですが、聞こえてくるお勤めのお経が心地いいんですよね〜、その場にいるだけで体が清められるように感じられました。

とはいえ、色々想うこともありました。
神社仏閣に祀ってあるものの向こうに、伝えられた物語とは、また別の歴史も見え隠れするようで・・・毘沙門様のお話も、征夷大将軍、坂上田村麻呂と悪路王の物語が、大和朝廷の蝦夷侵略の正当化のための美談のように思われ、追いやられた悪路王が何者なのか、モヤモヤした気持ちにもなり、どこか素戔嗚と八岐大蛇の伝説とも重なって聞こえもするのでした。
京都、鞍馬山や法隆寺のの毘沙門天が踏みつけてる鬼の姿も、どうしても鬼の方に気持ちを寄せてしまいます。
まして、ロシアとウクライナの戦争が起こっている最中、ロシアの主張する「ネオナチ」の実態も、ちゃんと知りたいところ。

岩手は、東北はまだまだ奥が深そうと、興味津々な今回の旅でした。

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★一関図書館脇のC58、昭和十三年製造


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★浦しま公園


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★世嬉(せき)の一酒の民族文化博物館


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★博物館の一角、現役の赤いポスト!!


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★一関の街角にあった花の名前は知らない


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★花泉、自生の藤


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★日本タンポポは西洋タンポポより小ぶり、東京じゃ、今や珍しいかも。 生き残ってね!!


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★毛越寺の池。ドラゴン二尾。


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★花泉のお墓から臨む。


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★ホテルの近くに、風情のある、美味しいお蕎麦屋さんがありました。 筍天ぷらせいろ、こりゃ、絶品でした!!


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★達谷窟毘沙門堂。ディープパープルの”IN ROCK”を想い起こします🎶

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橘井堂二〇二二年皐月五日

先日、フジテレビ系で放送された「ポップUP!」「NEWSポストセブン」の取材記事などで、病気発覚当時のことや闘病のこと、現在のことなど、洗いざらいお話させていただきました。
黙していると、いろいろな憶測が飛んだりしますし、まあ、ここは、正直にお話した方が、こちらも心が落ち着きますしね。

ということで、無事に一通りの治療を終え、維持治療は続けていますが、体力も日に日に戻ってきております。
仕事も、トヨタ自動車とのコラボ、くるりのPV”loveless”が、好評で、復帰第一作目の作品として特別なものとなりました。
坊主頭のお爺さん役、撮影時からは、体重も少し増え、髪の毛も伸びてきました。
退院から二ヶ月くらいは、散歩しても息切れしていましたが、今は、ほとんど息切れもなく、普通に写真散歩を楽しんでいますし、仕事も続けています。
まだ、発表できないことばかりですが、充実した日々を送らせてもらっている幸せを噛み締めています。
応援してくださる皆さんの声、気持ち、家族や友人たち、治療にあたってくださったお医者さんや看護師さん、リハビリの先生など、多くの方に支えられて、ここまでこれたことを実感しています。
その一方で、尊敬する先輩や友人が病に倒れ、亡くなることが続くと、不安も襲ってきます。
ですが、1日1日、一瞬一瞬が、かけがえなく、ありがたく感じられる幸せのことを想うと、不安なんか感じてるその時間が勿体無い!!

暖かくなって、コロナ禍の不安もあるけれど、明るい気持ちになってくること、素直に喜びたいと思います。
だから、その分、また、楽しんでいただけるよう、作品に取り組んでまいりたいと思います。

先月は、いろいろ取材もあり、レコーディングの続きをやったり、あれやこれや忙しかったのですが、何より嬉しかったのは、また、映画の撮影に入れたこと。
「夢みるように眠りたい」の映画デビューから、毎年、必ず映画の撮影はありましたので、これまでに正確に数えたわけではないですが130本近い映画に出演してきたと思います。
流石に、昨年は病に倒れ、入院が続きましたし、映画はなかっただろうと思ったら、中村真夕監督「親密な他人」に、ちょいと出演しておりました。
あ、11日にアップリンク吉祥寺、11:55分の上映後に、中村監督と20分くらいアフタートークの予定ですので、よろしければ、お越しくださいませ。
で、今年も無事に映画出演することができました。
福井の鯖江で撮影があり、鯖江、福井の方は、何の映画か、お分かりになると思いますが、一応、まだオフレコということで。
鯖江といえば、国内生産の90パーセント以上を誇る眼鏡のフレーム産業で知られていますが、元祖サブカル眼鏡男子(!!??^^")としては、眼鏡の聖地での撮影となれば、気合の入り方が違います。
お楽しみに!!

で、福井まできたならと、京都まで足を伸ばし、カミさんと京都で美味しいものでも・・・と、悪友の一作とも会い(1978年に一緒にバイトしてた。80年代のカフェバーブームの頃からのバーラジオ出身のバーテンダー&プロデューサー。麻布、白金のクーリーズクリーク、アダン、渋谷のBAR希望なんか)、久しぶりに京都では長年通っている「ごちそう紫陽」に。
美味しかったなあ〜〜〜〜おかみさんにも元気な姿を見せれてよかったです。

京都では、「KYOTOGRAPHY京都国際写真展」を開催していて、アーヴィング・ペンの写真展や、京都駅の美術館「えき」で開催されていた「平間至 写真展すべては、音楽のおかげ」なども観れ、充実した京都となりました。
以前から気になっていた本屋さん「ホホホ座」では、気になる本がいっぱいあって、何冊かGET!!
そのことを書き出すと、それだけで終わっちゃうので、全部は紹介できませんが、カミさんが「オトーサン、面白いものがあるよ!!」と、「ANGURA underground culture of JAPAN」という、井出情児さんの限定五百部の写真集を発見!!
状況劇場の写真もいっぱいあって、けれど、知っている写真とは違うレアなカットがたくさんあって、大興奮!!
バンドも村八分や遠藤賢司・・・そして71年の中津川フォークジャンボリーも。
「オレ、写ってたりして〜」なんて言ってたら、本当に、サブステージで吉田拓郎さんが「人間なんて」で乗りまくってた客席の最前列にチューリップハット被った16歳のワタクシが!!!

京都に住んでる竹内銃一郎さんに会いたくて連絡したら、ちょうど通し稽古するからと、見学に。
「モナ美」は、同級生たちの青春時代から年老いた時までを追った作品ですが、これがまた、切なくて。
山崎哲さんの、「オシバイをするな!!」という、虚構という現実なのだから、芝居をすることを許さない姿勢に、感銘を受け続けてきたわけですが、竹内さんの芝居も、まず、体があって、セリフを言うために体を動かすのではないと言うところが同じで(演出家なら、皆そういうと想うのですが、そうでもないか????^^”)、そりゃそうだろ・・・と思っていても、こいつができないのがこの垢に塗れた職業俳優の痛いところ。

2泊の充実した京都の旅の帰りは、ゲージツ家のクマさん、篠原勝之さんの、引っ越して一年の奈良のお宅へ。
鉄、ガラス、さまざまな素材を使って表現の道を突き進んできたクマさんですが、今は、陶芸を。
先日は、恵比寿のギャラリー「LIBRAIRIE6」で個展を終えたばかり。
昨年からの闘病中も、励ましのお便りをいただき、乗り越えることができました。
お礼も兼ねて、ゆっくりお話しすることができました。
クマさんも脳梗塞を患ったりして、闘病、断酒していたのですが、快癒して、久しぶりに昼間っから宴会を。
相変わらず状況劇場時代の話で盛り上がり、盛り上がりすぎてマキの李麗仙の真似が止まらず、おかしいやら、怖いやら^^”

英気を養い、いざ、これから、また、良い作品に臨めるよう、体を大切にしなければ!!

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★滞在先の鯖江のホテル。市長さんから歓迎のメッセージをいただき、「よし、やらねば!」と。
このキムラヤさんのアンパンが美味しかった!!
眼鏡のキーホルダーは、眼鏡ミュージアムから。


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福井鉄道、西鯖江駅の奇妙なトンネル。



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★眼鏡ミュージアムに展示してあった、ウルトラセブンのウルトラアイ!! M78星雲から鯖江に発注していたのだろう。


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★京都市美術館別館にてアーヴィング・ペン展を。


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★マイルス・デイヴィスの手のひら。


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★アーヴィング・ペンの被写体を気取って。足がちょいと切れてるのが惜しい!!


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★京都、ホホホ座、浄土寺店。山下賢二さんの「ガケ書房の頃」を読んで知りました。 ガケ書房からホホホ座になったとのこと。


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★ホホホ座の近くに、古い市電が展示??・・・1971年に中津川フォークジャンボリーに行く途中、京都に寄った時に乗りました。 京都駅から四条河原町まで、確か25円だった記憶があります。


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★ホテルの近くに、風情のある、美味しいお蕎麦屋さんがありました。 筍天ぷらせいろ、こりゃ、絶品でした!!


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★「モナ美」通し稽古中の、演出家、竹内銃一郎さん。 竹内さんと最後にご一緒したJIS企画「マダラ姫」から17年が経ちました。


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★この三人が一緒だったのはJIS企画「月ノ光」の再演の時だけだけど、演劇嫌いのマキも山崎哲さんと竹内さんの作・演出だけは別!!


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★状況劇場の話をしだすと止まりません!!


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★抗がん剤治療で髪の毛が抜けてから、また生えてきたけど、クマさんとあんまり変わらないなあ〜〜^^” 唐十郎を軸にした絆は強い!!


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★クマさん作のお茶碗で、毎朝、お抹茶をいただいてます。 手にひらに、吸い付くようなお茶碗なんです。

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橘井堂二〇二二年皐月四日

4月30日に横浜パシフィコで行われた武部聡志さんプロデュースの「SONGS&FRIENDS Music Tree Grow to the SKYE & their family」はとても良いコンサートでした。
前日に小坂忠さんが亡くなられ、本来は、ゲストとして「機関車」を歌う予定だったそうですが、叶わず。
一週間前にSKYEの松任谷正隆さんと電話で話した時に、ステージに立てそうにないことがわかり、ならば電話でステージ上から、その演奏を忠さんに聴かせてあげようと思っていたそうです。
それも叶わず。
プロデューサーの武部聡志さんが"100年後に残したい音楽”をコンセプトに開催されてきたこの企画。
荒井由美「ひこうき雲」、小坂忠「ほうろう」、佐野元春「CAFE BOHEMIA」・・・素晴らしいアルバムを軸に、その素晴らしい音楽の遺伝子を伝えていこうというもの。
今回は、SKYE。
メンバーは、元はっぴいえんどのギタリスト、鈴木茂さん、サディスティック・ミカ・バンドの小原礼さん、小坂忠とフォー・ジョー・ハーフの林立夫さんと松任谷正隆さん。

マンタさん(松任谷さん)は、フォー・ジョー・ハーフの時に立夫さんから「バンドをやろう」と誘われ、ユーミンのレコーディングの時にはその演奏を任されたキャラメルママとして、細野晴臣さん、鈴木茂さんと一緒にバンドをやろうと誘われたそうです。
マンタさんは、いつもバンドでの居心地が悪く、いつしかバンドを離れることになりました。
その後は、プロデューサーとして、松任谷由実さんと二人三脚の音楽人生を過ごしていらしたわけです。
「僕は忠さんに愛されたかったんだと気づいた」とマンタさんがMCでおっしゃってました。
忠さんの「ほうろう」もキャラメルママでレコーディングされましたが、マンタさんは「こんなにもすごい歌い手だったんだ」と、小坂忠さんへの想いを新たにしたそうです。
「ほうろう」を軸にした「SONGS & FRIENDS」は、癌を克服した体とは思えないようなエネルギー量で、忠さんが歌い、圧倒されましたが、マンタさんもまた構成、演出に全勢力を傾けて臨んだコンサートでもありました。
「なんであんなに頑張ったのか、その訳がわかった」
その答えが、忠さんにバンドメンバーとして愛されたかった想いからだったというのです。

そして、今回、SKYEに、またしても、林立夫さんからバンドメンバーに誘われたのです。
SKYEは元々、マンタさんを除く御三方が高校時代に組んでいたバンド名。
僕が、数年前に代官山の「晴れたら空に豆まいて」でライブのオファーを受けた際、小原礼さんにベースをお願いしたことがきっかけで、SKYE名義で僕のライブでご一緒してくださいました。
そのライブから、レコーディングの話が持ち上がり、アルバム『禁断の果実』が生まれた訳ですが、そのレコーディングの最中、キーボードをマンタさんにお願いしようと、立夫さんがおっしゃったのでした。
かくして、四人で新生SKYEが生まれ、現在、SKYEのみなさんと新しいアルバムを製作中!!
お楽しみに!!

SKYEが主役のコンサートですが、アルバムの曲はもちろん、ゲストのユーミンや尾崎亜美さんら、ゆかりの方々が花を添え、盛り上がりました。
SKYEのメンバーのいたバンド、はっぴいえんどの大瀧詠一さん、ミカバンドの加藤和彦さん、フォージョー・ハーフの小坂忠さん、そして日本のロックの草分け、ムッシュかまやつさんに対する、深い敬意と愛情に貫かれたコンサートは、コンサートの企画意図を超えたものだったと思いました。
松任谷正隆さん。武部聡志さん、本間昭光さんという、各世代のプロデューサーゆかりのミュージシャンたちも花を添えました。YELL SPECIAL SESSIONの名義で、足立佳奈さん、荒井麻珠さん、竹内アンナさん、MeiMeiさん、そして、木村カエラさん、さかいゆうさん、JUJUさん、土岐麻子さん、ポルノグラフィティ、いきものがかりの水野良樹さん・・・SKYEの皆さんが演奏してきた楽曲の数々の遺伝子を受け継いだ人たち・・・というコンセプトの豪華なゲスト陣でしたが、シティポップとJ-POPを同じ音楽軸で語るのには、黎明期を観、聴いてきた者としては正直、違和感がないわけではありませんでした。
それでも、ステージは素晴らしく、初めてライブステージに触れましたが、JUJUさん、そして、再再結成のミカバンドのメンバー、木村カエラさんが若手(?)では特に印象に残りました。
何があろうとも、SKYEと、その仲間達の愛情の深さに、コンサート全体が昇華されていたように思いました。

アンコールで、ユーミンが歌った「卒業写真」の「あなたは私の青春そのもの」は、出演者の皆さんもそうだったでしょうし、客席にいた方々もそうだったに違いありません。

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★コンサートの模様はWOWOWで7月に放送、配信予定!!

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