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怪奇俳優の演技手帖(ノート)

役者として舞台に立ち30年が経ってしまった。映画やドラマといった映像作品に出演するようになってからも20年が過ぎた。
そんな現役の俳優の、これまでに現場で学んだこと、失ってしまったことを記してみた。
言ってしまえば「演技論」のようなものである。引退したのなら、自らの仕事を振り返って綴ってみるのもよいだろうが、いまだ現場に出かけては、のたうちまわっている俳優が、その演技論をぶちかますなど、百年はやい。つまり、これは、日々、常に見失ってしまいがちな、演じる己の身体……に対するいましめの書なのである。
映画、テレビドラマ、舞台…それぞれのジャンルにおける、俳優という仕事の違うところ、変わらぬところ……。佐野にとって深い関わりのあるお三方(映画:石井輝男監督、ドラマ:貴島誠一郎プロデューサー、舞台:劇作家、演出家の竹内銃一郎さん)との対談を含めた現場からの生の声は、きっと興味深く読んでいただけることと思う。

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佐野史郎著『怪奇俳優の演技手帖』(岩波アクティブ新書128)

こんなところで 僕は何をしてるんだろう

「シロウくん、もっとおとなになってね」
いつもコレだ。
いったい僕は人生で何度このフレーズを女の子から言われただろう――

心奪われたビートルズ、はっぴいえんど、遠藤賢司、ラヴクラフト、江戸川乱歩、宮沢賢治。高校時代に作った吸血鬼同盟。多感な思春期を島根県の松江で過ごし、その感性は上京するや渋谷のジャン・ジャンの舞台で爆発していた。
ロケの合間に1年以上かけて執筆されたこのエッセイは、個人史を越えて、7、80年代のサブ・カルチャーを駆け抜けてきたひとりの人間の記録として読むことも出来ます。

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佐野史郎著『こんなところで 僕は何をしてるんだろう』(角川書店)

ふたりだけの秘密

「何を?」
 問いかける真一君の声は、確信に満ちた、変声期を越えた男の声でした。
 そして、誘うような視線で、真一君が恵子ちゃんの目を捉え、離さずにいると、恵子ちゃんは、悲しくもないのに涙を少し浮かべて、水面のきらめきを両の目いっぱいに受けるのでした。
「陰山先生、第二理科室にいらしたの――ドアが少し開いてたから、先生、いるかなと思ってのぞいたの――のぞいたって言ったって、別にいると思ってのぞいた訳じゃないし、うううん、部屋の電気も点いてなかったから、いるなんて思わなかったのね。だから、ちょっと、ちょっとよ。教室をのぞいたのは」
 真一君の身体は、ボルトで固定された像のよう。体の中心に鉄の芯が入って、堤防に突き刺さり、微動だにしません。
「先生、いただろ?」
 真一君は、問い詰める検事のようです。
「ええ」
 うつむく恵子ちゃんの横顔を見つめながら、このまま何を見たのかなどと言わずに、言おうか言うまいか戸惑ったままの、いえ、今、まさにしゃべろうと決めた瞬間の、恵子ちゃんとの時間が、いつまでも続けばよいのにと思う真一君なのでした。
 けれど、その時間は、すぐに崩れてしまいました。
 恵子ちゃんは顎をあげ、くちびるを開いてしまいましたから。
「キスしてたの」
「……え?」
「教室、薄暗くて、よく、わからなかった、けど、白衣、着てたから、……陰山先生、だと、思う……」
「だれと」
「わかんない……けど、きっと……女の先生……」
「――顔は……見なかったんだ……」
「だって、ほんの一瞬だもの。いけないって思って。わからないわよ、本当は、だから」
「だけど……キス……してたんだろ」
「……うん」
 恵子ちゃんは、話しているうちに、胸が高鳴って、口のなかがすっかり乾いてしまいました、そうして、目を閉じて、まるで自分が悪いことをしていたかのように告白し終えると、すうっと力が抜けていくのがわかるのでした。
「……志賀先生かな」
「知らない。わからないわよ。駄目よ。絶対、誰にも言っては駄目よ」
「言わない、言わないよ」
 真一君は、懇願する恵子ちゃんに真面目に返事をしようとすればするほど、真剣に恵子ちゃんの顔を見ようとすればするほど、何故か、笑いがこみあげてきて、だからその表情を恵子ちゃんに気取られないよう、顔を背けるのでした。
 どういうことでしょう、この真一君の勝ち誇ったような顔といったら!
「言ったら絶交よ」

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佐野史郎著『ふたりだけの秘密』(筑摩書房)p134~136より抜粋

曇天の穴

 食事を摂るよう再三妻に声を掛けられるが腹など空かず、漸く階下へ降りていったのは翌日の夕方にならんとする時刻であった。
 再たもや家族は誰一人見当たらず、居間に座り込んでいると庭に虹が今日も掛かる。苔むした庭もゾロリと動く。これは今日も湖が隆起し、曇天に半円の宇宙への穴が開くに違いないと思いキャメラを手にすると、急ぎ自転車に股がる。今日こそ写真に収め幻覚では無い事を証し、来週の学会ではこの超常現象を科学的に解明する事で太古よりの神話の謎をも解明する手掛かりとしたい。
 しかし湖の光景は何の変哲も無く平凡な様相を呈していた。――もう少しすれば雲に穴が開くのではないかと待つが辺りは暮れてゆくばかり。
 水辺に降りて手持無沙汰にキャメラで風景を撮る。
 ファインダーの中を覗くと、曇天の空、左方向にポッカリと漆黒の闇が口を開けていた。陰影の逆転したこの風景。
 無心でシャッターを切ると足元が冷たい。興奮して湖の中に入って行ってしまったのだ。いやそうではない。水が、水が、私の足元より這い上がって来る。腰まで……持っていたキャメラを私の手から奪い放り出させると、もう胸を覆って首まで水は上って来た。助けを求めても誰も振り返りもしない。
 私は湖の真ん中辺りまで連れ去られ、数十メートルの高さまで持ち上げられて溺れていった。いや、溺れていったのではない。私は喰べられていることを悟った。その水の形をしたそのものは、カーター氏より送られてきたあのディスクに記されていた先カンブリア代から地球を支配しているというウボ=サラスだという事を知ってしまったのだから。

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佐野史郎「曇天の穴」――学研ホラーノベルズ『クトゥルー怪異録』
学習研究社刊(p13~14より抜粋)

学研M文庫『クトゥルー怪異録』にも収録

佐野史郎が朗読 怪奇幻想シリーズ第一弾

『鏡地獄』『芋虫』  Listengo by dwango.jp
原作:江戸川乱歩
音響監督:天願大介
テーマ曲、作曲:めいなCo.(熊谷陽子、浦山秀彦)
朗読:佐野史郎

かつて同じく天願大介監督と「人間椅子」「押絵と旅する男」のカセットブックをリリースしたことがありますが、二十余年の時を超えて、今再びの乱歩世界をお届けいたします。
テーマ曲も、乱歩世界を想わせる林海象監督「夢みるように眠りたい」からご一緒させていただいている「めいなCo.」。

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gif ミイラになるまで
原作・島田雅彦/音楽・大友良英/朗読・佐野史郎・島田雅彦
島田雅彦の文章が大友良英の手によってサンプリング・リミックスされ、音楽とのコラボレーション作品となった。(クリエイティヴマン・ディスク/定価・3150円)
gif 宮崎駿の雑想ノート
バーチャルサウンド・ラジオドラマ/出演・佐野史郎
『もののけ姫』のアニメ監督・宮崎駿が描く、珍無類の戦史ドラマをCD化。(徳間ジャパンコミュニケーションズ/定価・2200円)
gif 夢日記・ねじ式
新潮カセットブック/原作・つげ義春/出演・佐野史郎・余貴美子・瀬川哲也
佐野史郎が敬愛するマンガ界の鬼才・つげ義春の夢日記と、名作「ねじ式」のカセットブック・ヴァージョン(新潮社/定価・3000円)
gif 人間椅子/押絵と旅する男
新潮カセットブック/原作・江戸川乱歩/朗読・佐野史郎
佐野史郎が、幼少期より影響を受けた江戸川乱歩作品を朗読する。眠れぬ夜のための名作ミステリー。(新潮社/定価・2800円)

書き下ろし
怪奇俳優の手帳」〈「秘神界」現代編(創元推理文庫)所収〉
秘神界」はエドワード・リプセット氏により、英訳され英米で出版されました!!

寄稿書籍
水木しげる80の秘密」(角川書店)
澁澤龍彦 ユートピアふたたび」(河出書房新社)
種村季弘の箱」(別冊幻想文学)
吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)帯にコメント寄稿

オーディオブック
「野槌の墓」(NHKサービスセンター)/moraFeBe
価格:¥700(iTunesのみ¥800)時間:1時間52分
原作:宮部みゆき 朗読:佐野史郎
京極夏彦さんと共に、怪奇幻想世界の魅力満載の宮部作品。
映画一本分のお時間、じっくりとお楽しみいただけますよう!!

「小泉八雲・山陰の怪談五編」
小泉八雲記念館(島根県松江市)
〒690-0872
島根県松江市奥谷町322
TEL:0852-21-2147
朗読:佐野史郎 音楽:山本恭司

小泉八雲記念館には朗読ルームが設えられ、山本恭司の音楽、佐野史郎の朗読で、山陰ゆかりの怪談をお楽しみいただけます。ご当地ならではの臨場感をお楽しみください!!


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