佐野史郎の演劇的人生


燐光群「漱石とヘルン」

1997/10/1
今度、燐光群の「漱石とヘルン」で夏目漱石役をやるんだよね。

そもそもジム・ジャームッシュの出資によって、サミュエル・フラー監督で「神々の国の首都」を映画化しようという怪しげな話があって。

でも、その映画の話しはコケたんでしょ。(笑)

そうそう、話しを持ってきたプロューサーがまたいかがわしくてね。(笑)
それで映画はなくなったんだけど、その時に脚本家として紹介されたのが燐光群の坂手洋二氏だったわけだ。彼は唐(十郎)さんのところにいた山崎哲氏の劇団転位21にいた人だから、演劇的世界では親戚筋みたいなものだよね。
ボクは山崎哲さんの芝居も好きだし、燐光群もはじめて観たときから、劇構造がしっかりしていて、説明的でなく明確で、しかも官能的ないい台詞がたくさんあり、役者さんもただのノリで芝居をしたりしないいい劇団だと思ってたんだ。
それで、燐光群でやった「神々の国の首都」もちょうど松江に帰っている時に観てて、これもなかなかいい芝居だったし、松江で観る「神々の国の首都」というのもすごいでしょ。(笑)

シェイクスピア・シアター、状況劇場以降は、思ったよりも芝居に出てないんだよね。

ドラマならどんな作品でも出るけど、芝居となると山崎哲、坂手洋二、竹内銃一郎、岩松了、唐十郎といった演出家が好きなんだよな。もちろんもっと若手の人もいるだろうし、こちらの不勉強で知らないということもあるんだけどね。それに、いま言った演出家たちは、ボクにとってのシュルレアリスム演劇の人たちなんだよ。

小津安二郎でさえ、シュルレアリスム映画だと言ったのには驚いたけどね。(笑)

やっぱり、実験演劇的なアプローチだけがシュルレアリスム演劇じゃないと思うんだよね。

今回の「漱石とヘルン」の具体的な話しが来たのは?

映画の話しで知り合って、何かあればいっしょにやりましょうというようなことを言ってたんだけど、坂手氏の方はボクが小泉八雲が住んでいた松江の出身だということも知らず、ましてや娘に「八雲」という名前をつけているということも知らず、話しを持ってきたわけで、さすがにそれを知ったときはビックリしてたよ。(笑)
坂手氏は小泉八雲劇場のようにして舞台を作っていてそれも観てたし、今回は夏目漱石が小泉八雲を意識して書いた「夢十夜」をベースに、漱石と小泉八雲の運命的な符号をお芝居にしてて、なかなか面白いんだよ。興味のある人は、漱石のゴシップ本みたいなものを読んでみるといいかもしれない。

小泉八雲ではなくて夏目漱石役なんだね。

坂手氏とは二年くらい前から何かやろうと話してたんだけど、その時にボクに漱石役をやらせようと思いついたらしいよ。

今回は、漱石の奥さん役が本当の奥さんの真希ちゃんというのも面白いよね。

漱石のカミさんというのが、これがまた我ままというか気の強い女で、その辺はオレとマキがぴったりだと思うんだけど。(笑)あと、漱石は兄の奥さんに恋い焦がれていて、そんな三角関係みたいなところも今回のお芝居のモチーフになってるね。

佐野夫婦が語る「漱石とヘルン」

1997/12/1
photo 佐野くんの燐光群との出会いはこのあいだ聞いたので、今回は真希ちゃんがいっしょに出演するようになったいきさつを聞こうと思うんだけど。(ここで、佐野が横から割り込んできて長々とその出会いを説明してくれる……)

マキ◆いま佐野がいろいろ言ってくれたけど、全然違うんだよね。(笑)
まず、佐野が独立して橘井堂(キッセイドウ)という事務所を私といっしょに開いて、橘井堂の企画で舞台ができればいいね、と夢のような話しをしてたのよ。そこでサノの小説にも出てくる中村真一郎の「城への道」はどうかなとか考えたんだけど、私たちには台本が書けないから誰かに起こしてもらおうと思ってたのね。そこに、燐光群の坂手さんが現れたわけ。
それで、タイムスリップのライヴを観てもらった帰りにいろいろ話をしたら、気が合ったので、一度仕事ができるといいねという話しをして、それで今回の『漱石とヘルン』に出ることになったといういきさつです。

photo なるほど、佐野の説明と全く違う。(笑)
状況劇場の時もいっしょの舞台に立ってるけど、今回みたいに二人だけの絡みがあったわけじゃないものね。

マキ◆映画の『ゲンセンカン主人』がはじめてじゃないかな、いっしょにキチっと芝居したのは。

二人の掛け合いの部分は、私生活に近いようなボケとツッコミでできていて、けっこう笑えたけれどね。(笑)

佐野◆状況劇場の先輩の十貫寺梅軒さんなんかにも、「お前ん家のケンカを見てるみたいだったな」と言われたけどね。で、誰がボケなんだっけ? マキだよね?

「オイオイ、お前、なに言うてんねん」って言われるのはいつも佐野じゃない。(笑)

佐野◆ああ、オレか。(笑)

二人の部分はテンポもよくて、面白かった。

佐野◆うん、でもあんまり稽古はしてないんだよね。(笑)ほかにしなくちゃならないところが多くて、家で2回ぐらい台詞合わせをしたぐらいかな。まあ、稽古をすごくしたから、いい芝居になるとは言えないからね。その日の空気をどれぐらい掴めるかもあるし、今回は28公演あって、だんだん気がつくこともあってディティールのニュアンスが変わってきたよ。

マキ◆やっと、台本が分かってきたね。だいたいこんな感じかなと思って演ってるところや、手応えのないまま演っている台詞が何個所かあって、そこはこういうことじゃないのかと気がついたり、相手の役者さんとのやり取りを変えたら次ぎのシーンにうまく結びついたり、急にピンと分かることがあるんだよ。
そうしていくと、全体が変わったりしていくよね。

マキちゃんは、とても13年ぶりの舞台とは思えなかったね。

佐野◆その間、タイムスリップのライヴとかずっとやってたからね。

佐野くんは小泉八雲ファンだから、ヘルン役なのかと思ってたんだけど、お芝居を観たら、あの静謐なヘルン役より漱石役がぴったりということがよく分かった。

佐野◆夏目漱石の『行人』を読んでいても、考え方として近いものを感じたしね。第三章の四十四を読んでみてよ。

今回の芝居は気の強い奥さん役だからマキちゃんにピッタリだと、佐野くんは言ってたけど。

マキ◆私は何にも考えないで稽古場に行って、誰かがしゃべった時にどうなるのかで演ろうと思ってたし、坂手さんがどういう演出の仕方をするか分からなかったしね。

坂手さんの演出の仕方って?

マキ◆台本を説明してくれる。それが、ちょっと長いけどね。(笑)
坂手さんの台本はすごくしっかりしていて整合性があるから、捨てていいような言葉がひとつも書かれてなくて、その言葉をちゃんとしゃべることが出来れば、それだけで世界が成り立つお芝居になってる。だから、舞台で会話が成立していれば、ダメということはないんだよね。でも、それが上手く出来ていない人は、一語一句取り上げて1000本ノックのような練習をさせられているけどね。(笑)