佐野史郎のお気に入り


支点をバラバラにする体の動き

1998/4/20
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★甲野善紀氏(右)と佐野史郎。1998年3月3日、池袋コミュニティーカレッジでの講演より。
1998年3月3日/池袋コミュニティーカレッジ「読める身体・読めない身体」
松聲館・甲野善紀(武術研究家)×佐野史郎

佐野◆二、三年前に「GQ」という雑誌で、甲野さんが取り上げられている記事を読みまして、体の軸をなくすだの、バラバラにするだの、ハッカーのように相手の体の中に入っていくだの、直観でこれは何かあるなと思いました。それで、合気ニュースさんから甲野さんの本を直接取り寄せて読んだら面白くて、「ダ・ヴィンチ」という雑誌で気に入ってる本として紹介したんです。そしたら、甲野さんからお手紙をいただいて、稽古にも一度だけですが出させていただきました。

甲野◆佐野さんは、私のどの辺に興味を持たれたんでしょうか?

佐野◆そのころボクが何に悩んでいたのか分かりませんが、ヒジなどを支点にして動かすヒンジ運動よりも、甲野さんの井桁理論のように、四つの支点を持った平行四辺形の力を意識した方が効果的であると聞いたときに、「私は・あなたが・好きです」というバラバラの台詞が支点を中心にしたように順々に語られるのではなく、感覚的に三つの言葉をいっしょに語るのが正解なのではないかと思ったんです。もちろん、大いなる誤解はあるんでしょうが。

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★手を交差しお互いに力を入れると膠着状態が続くが、甲野氏が支点を消し力を抜くと、皆いちようにドギマギしてしまう。
甲野◆支点を持ったワイパーのようなヒンジ運動が武道界には多かったわけです。ちょっと実際にやってみます。お互いが手の甲で相手の顔を触ろうとして、顔面で手を交差させたときに、力を入れて動くと相手にこちらの動きの情報が伝わってしまい、上手くいきません。気配を察知されるわけですね。そこで、腕をひねらないでやると、どうです、ちょっと気持ち悪いでしょ。(笑)

佐野◆これをどう伝えたらいいんでしょうね。(笑)

甲野◆なんか、前提条件がはずれたような感じでしょ。(笑)これは、人間が自分の姿勢を保ち続けようとしているからだと思います。相手に触れた瞬間に相手の存在をつっかえ棒にしている、その時にこちらが支点を消してしまうと、力が抜けてつっかえ棒がなくなってどうしたらいいのか分からなくなるんですね。

佐野◆芝居でいうと、言わなければいけない台詞をわざと言わなかったりしたときに、どうしたんだろう、これからどうするんだろうというようなことを考えている時があってそんな感じでしょうか。芝居としては問題があるけど、あの空間がいいんですよ。(笑)

(佐野をはじめ何人も実際に手合わせし、体験するが、皆いちように気持ち悪がる)

甲野◆私の説がどれだけ正しいのか分かりませんが、丸木橋を渡っていていきなり風が吹いたら、バランスをとって次の自分を確保しようとしますね。お互いが合わせた手に力が入っていると、手すりのように、姿勢保持のための情報として得られるわけです。ところが、支点を消して力を抜くとその情報がなくなるから混乱して、真っ暗の中の手探り状態になって気持ちが悪くなる。

佐野◆一瞬ですけどね。

甲野◆それに、ただ力を抜いてるのと、支点をバラすやりかたでは違います。私も100キロぐらいの体重の人ともやってみましたが、これだけは例外なくできますね。
 さっきの倒れまいとする姿勢保持というのは人間の本能的なものですし、別に気が出ているとか言ってるわけではないので、これは科学的だろうと思って身体工学かなんかの専門家に話すと、これが全然受け入れられないようです。

佐野◆じゃあ、気の方が科学的なんですかね。(笑)

甲野◆人間は倒れまいとする、という前提からして科学的ではないらしい です。

体の情報を察知させない「闇構え」

1998/4/20
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★甲野善紀氏(左)と佐野史郎。1998年3月3日、池袋コミュニティーカレッジでの講演より。

1998年3月3日/池袋コミュニティーカレッジ「読める身体・読めない身体」
松聲館・甲野善紀(武術研究家)×佐野史郎

佐野◆台詞を言うときに、思いを込めて息をハーって吐いてから喋る俳優さんっているじゃないですか。台詞を言う前に、全てが終わってしまったぐらいの芝居をしてから、「わたし、あなたのことずっと忘れないわ」とか言われてもね。ベテランの女優さんでもあるんですよ。

甲野◆ベテランでもある?

佐野◆これが、多いんです。(笑)誰とは言わないですけど。(笑)
それを、小津安二郎監督とかは「それはやめなさい」と、厳しく演出なさっていたんでしょうね。だから昔の映画俳優さんたちは魂も姿も美しかったのではないでしょうか? ぼくだって「オレはこう思ってる」とかいう芝居をされたんじゃ、TV見てても、そんなのテメエの都合だろとか思ってしまいますよ。(笑)

(ここでまた実際に佐野が甲野氏の腕を捕り、それをはずすやり方の実践)

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★甲野氏の動かす手に吸い付いたようにあやつられる佐野。
甲野◆捕られた腕にあそびがあると、離そうとするときの情報が相手に伝わってしまい防がれてしまいますが、あそびがないと掴んだ手が動かした腕にいっしょについてきます。

佐野◆腕の表面に、その違いは感じとして感じられるんですが、なんなんでしょう。さっきの、台詞の話しでいえば、大きく息を吸い込んでさあこれから言いますよという気配が感じられるともうお仕舞いなんですよ。だから、ただ言えばいいんですよ。
 甲野先生みたいに実際に出来るといいんですが。「オレはね」。あっ、息吐いちゃった。(笑)「なんだよ」。あっ、出来ますね。ということは、甲野先生のさっきの気配を消す動きも出来るのかなー。(笑)あっ、ちょっとでも肩があがるともう言えませんね。

甲野◆体の状況が変わると、違ってきますね。
 これはごく最近、今月発見したことなんですが、肩膝をついて相手の腰帯を掴もうとすると防がれてしまいますが、両膝をかがめた状態からだと掴めるんです。この型から竹刀を持ったのを「闇構え」といいいます。

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★しゃがんだ状態の「闇構え」から、甲野氏の竹刀が佐野の小手を打つ。
佐野◆面白すぎますね。(笑)「闇構え」。使えますねー、それ。(笑)

甲野◆時代劇でもあれば間違いなく、敵役の邪剣の使い手が使いそうでしょ。(笑)

佐野◆マネージャー、これはチェックだよ。(笑)

甲野◆人間は倒れまいとして背中に力が入って入力状態になっています。そこで両膝を曲げて腰を降ろして背中を抜くと、体の前面が分離されて、これから動こうとする気配を察知されなくなるんだと思います。

佐野おすすめの甲野善紀氏の入門書。
「古武術の発見」…解剖学者養老孟司氏との対談集(光文社)
「稽古の日々から」(BABジャパン)
「縁(えにし)の森」…氏の武術稽古研究会、松聲館の会員中島章夫氏との対談集。
「スプリット」…歌手カルメン・マキ、精神科医名越康文氏との鼎談集。(5月中旬発売予定、新曜社)帯原稿・佐野史郎
その後、甲野氏の技は、また大きく進展したらしい。その基本原理は、自らの身体をものすごい不安定な状態に置き、同時にバランスをとり続けるということで体の割れの促進を行ない、心理的には火事場のバカ力状態を引き出すというものらしい。
これは、自分の体が大変な不安定になることで、他からの攻撃など気になくなるのだろう。また、氏と会って、体験できる時を楽しみにしている。