橘井堂 佐野
2012年7月21日

フジテレビ月9ドラマ『リッチマン,プアウーマン』に想うこと

自分はさておき、個性豊かな俳優陣がズラリと並び、NEXT INNOVATIONの社員ひとりひとりにまで演出部のみなさんが、形だけでなく、「この“空気”を感じて欲しい」と丁寧に指示を出している姿を観るにつけ、なにか目には見えない、けれど、どうしても伝えたいことがある・・・という、集団無意識を感ぜざるを得ないでいます。
 「それは何なのか?」
 オシャレでスタイリッシュな月9のドラマの匂いは決して失わずにいながら、このドラマは、どこか不安定な現在の社会情勢を乗り切るための、その本質を見極めようと探っているようにも感じられるのです。
 昨年の3・11以降、ほとんどの国民が抱えているであろう不安な気持ちや見通すことの出来ない未来像に対し、どうひとりひとりが向かいあえばよいのか?
 最初に台本をいただいた時に、すぐに、その、日本神話や遠野物語、日本霊異記などに記されている伝説ゆかりの登場人物名や、古事記以前のクニが成り立つ以前の素朴な、自然と人々の暮らしが一体となっていた頃の情景を想いおこさせる役名に、「このドラマは現代の神話なんだ!」と、合点がいったのでした。
 また、第一話からのシンデレラストーリーそのままに、“靴=足を使う”を介在させることで、千尋が差し迫った問題を乗り越えて行く姿が「ファンタジー」として、観る者を、この、現在進行形の「現実」と向かい合わせ、つなげ、「今ある神話」の世界に誘ってくれるようにも想われるのでした。
 「経済、恋愛」・・・実体のない世界として、現実に生きながらも、それらが、実ははかなく、壊れやすいものであることは、誰もが皆、実は当然気づいていて、けれど、それでもそのことを受け止めながら、現実に生きる上で、とても大切なものとして捉えていることでしょう。
 この「経済、恋愛」といった「形のない」世界が、はかないものであることは、皆が共通認識を持ちやすい。
 しかし、このドラマでは、さらに、家族、血縁、地域、共同体、国家、さらには地球の存在そのものでさえ、「はかないもの」として、容赦なく提示しているようにも思えてきます。
 日向徹が「人の名前を覚えられない」ということは、それらの象徴なのでしょうか?
 「何かを規定しなければ、言葉を与えなければ、自分自身と相手や周囲に存在するものとの間には他者と共通認識できるものは何もない」
 その「社会」の自然発生的なルールをあらためて問い直している・・・とでも言いましょうか・・・?
 千尋が社員であるかそうでないことかによって、事務次官の藤川(富士山を源流とする水流)と日向(宮崎、東征のヤマトタケル)は対立し、相反する二つの世界を結びつけ、通底させようとする仕事の目的遂行が遮蔽されてしまう。    
 「国家」と「形を持たない不特定多数をイメージしてしまう『国民』」を結びつけようとするものが、「(会社員や国家公務員という)形を持つ」ように見えるものと、そうでないものとの差異だけによって目的遂行が遮断されてしまう・・・?
 「いったい何のための仕事なのか?」
 そんな素朴な疑問や問いかけが、現実にどう対応してよいかわからずに、ならば、とにかく、なにか声をあげずには、行動をおこさずにはおれないとデモに参加することにも違和感を感じている釈然としないテレビモニターの前の視聴者のみなさんや、様々な想いを抱え、あるいは行動を取り続けるみなさんに向けて、シンプルに届けと祈りつつ演じるばかりです。
 最先端のIT企業を舞台としながらも、日向(天孫降臨、大和民族)、朝比奈(怪力、朝比奈太郎。東北の蛭夷を倒した田村麻呂)、山上(山の神=オオカミ、お犬様)やNEXT INNOVATIONの社員たち(安岡、小川、細木、小野・・・山あいの里を想わせる縄文人)、そこに使える宮前(その名のとおり)らと千尋(海よりも深く、山よりも高く)たち、あるいはレストランのチーフ燿子(天の岩戸に隠れたアマテラスか、あるいはヒミコか?)と対立する乃木の存在は、映画で言えば昭和の仁侠の世界とも通じているように見えます。
 「兄弟分」「筋が通らない」「裏切り」「姉さん」「国家を相手に立ち向かう」「昔の流儀がすたれる」・・・等々。
 失われてしまった神話の世界や古代、ついこのあいだまでは成立していたかのように感じられていたかもしれない、家族、地域、国家・・・それらが電源を失ったPCや端末機のように、目の前でかき消えてしまうとしたら・・・?
 これは国家を相手にした、はぐれ者たちの組の挑戦のようにも見えます。

 パーソナルファイルのインターフェイスプログラムが国のプロジェクトとして成立したら、それを開発した者や手にした者はどのような力を持ち、どのような行動に出るのでしょうか?
 この、国家を相手に立ち回る「組」の動きと、孤高の日向徹の道行きは、まさに「平成残侠伝」!
 筋を通す姉御に対し、男衆はどう応えるのか!?
 
 日向徹が「無縁、公界」である寺にいること。
 燿子が実体があろうがなかろうが、生きるために最も必要な「食」に携わっていること。
 もっとも根源的な人々の営みに、今一度立ち返り、けれど、決してもう戻れない神話や想い出の世界に生きるのではなく、地に足の着いた「現代の神話」として、ひとつひとつの出来事に向きあい続けるしかないのかもしれません。

 それにしても、パーソナルファイルが流出したら・・・!?
 サイバーテロは、現実に起こっていることだとはいえ、これを手にしたら、それぞれの登場人物はどう行動するのか・・・?
 スパイとなって他国に売るのか、国家中枢に入り、国を動かし始めるのか?バックアップもなにもかも、データを失い、また一から始めるのか・・・?
 あるいは隠遁するのか・・・?

 日向徹が母と出会えるハッピーエンドを望む気持ちもありますが、結末は、今、我々が、この世界に対してどういう態度と行動を取るべきか・・・?の答え次第によって、如何ようにも受け止められる物語なのかもしれません。
 私にとっても20年目の「マザーコンプレックス」の物語とも言えそうです。
 さて、これからどう展開していくのか?
 最後までおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

      平成24年7月 20日

月9ドラマ『リッチマン,プアウーマン』第3話放送を前にして
                          佐野史郎

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